(黄瀬と女黒子の同棲もの?)
「黒子っち、今日着たい奴とか、ある?」
「…いえ、特には」
「じゃあ……これと、これ。あとこれかな。着て、見せてよ」
「……はい」
「…似合う」
「…それは、よかったです」
「うん」
「黒子っち、こっち来て」
正面に黒子を座らせて、髪を留める。
そのまま肌に指を滑らせて、化粧水、乳液、日焼け止めをきれいに伸ばしていく。
そしてそのまま化粧に取り掛かった。
黒子だって自分で化粧ぐらいは最低限できるようになったのだが。
「どうしてキミがするとこうも違うんでしょう」
そう、呟く。
むらなく伸ばされたファンデーション、入れられた頬紅、アイシャドウ。
引かれる紅。
全て同じもののはずなのに。
「…愛のせいかな」
「技術の差でしょう」
「あう。そんなにばっさり切らないで」
「どうして普段しないのに、そんなに上手いんですかね」
「…いつも、考えてるから。どんなふうにしたら、綺麗に見えるかとか」
「……女性のメイク雑誌とかも、いちいち、買ってくれてますしね」
「資料ッス。だって、可愛くしてあげたいじゃない?」
「…それは、どうも」
髪留めを取って、櫛を通し、綺麗に結って、留める。
慈しむような指先が、優しく、暖かい。
「……うん。綺麗にできた」
「…ありがとうございました」
「可愛いよ」
「…どうも」
首に回した服のカバーを取って、置いた。
黄瀬は満足そうに黒子を見て、そっと抱きしめた。
黒子は、素直に黄瀬に身を任せる。
本当は化粧なんて適当でいいし、服も、こだわりなんてなくて、楽なものでいいと思っているのだけど。
彼が喜んでくれるならそれを着ていてもいいと思う。
「…まるで、キミの着せ替え人形みたいですね」
「着せ替え人形?」
「はい。女の子は、好きですよ、そういうの」
「黒子っちも持ってたの?」
「はい。でも、殆ど遊びませんでしたけどね」
「黒子っちらしいね」
それも、悪くない。
彼のための服を着て、彼の傍にただ、ある。
彼ならきっと大事にしてくれるだろう。
「黄瀬君は、好きかもしれませんね」
「うーん。でも、すぐ、飽きてたかも」
「そうですか?」
「黒子っちだから、楽しいんだよ」
ねぇ、どうしてそんなに純粋になれるの?
「…そうですか」
「うん」
黄瀬は、こめかみにそっと口付ける。
「行こっか」
そして帽子を目深にかぶって伊達眼鏡をかけて、笑った。
今日は、映画を見て、それから買い物の予定だ。
人前を歩く分、見つかって面倒なことになるのは避けたい。
黄瀬は、黒子の存在が世に知られることを全く恐れてはいなかったが。
むしろ黒子を無視されて、自分が女の子に囲まれ、時間を費やすのが嫌だ。
黒子は営業の一環ですよと黙ってそれを見ていてくれるけれど。
そんな自分を、いつも、黄瀬は殴りたくなる。
「…今日は、そんなにボクの服、買わなくてもいいですからね」
黒子は、ふと、そんなことを呟いた。
「えー?」
「買いすぎです。殆どちょっとしか着てないじゃないですか」
「だって可愛いんだもん」
「…ボクだけで我慢できないんですか?」
「!!…それは、勿論」
「なら、別にいいでしょう?」
「…もっと、幸せにしてあげたいんス」
「もう、十分幸せですよ」
「……黒子っちは、ホントに、欲がないね」
繋いだ手を握りしめた。
オレだけが我儘を言っているみたい。
もっと文句を言って、振り回してくれても、構わないのに。
何にでも応えようと思っているし、できると思うのに。
「欲ですか。…別に、ないこともないですけど」
「なに?」
「キミがバスケしているところが、見たいです」
「…今度、1on1でもしよっか」
「キミが、つまらなくてもいいなら」
「つまらなくなんてないよ。してほしいプレイ、言って。研究しておくから」
「はい」
それだけで嬉しそうに笑うのだから。
なんて安上がりなキミ。
引き寄せて口付けようと思えば、ぱっと、口を押さえて止められる。
「人前ですよ」
「…相変わらず、真面目ッスね」
「いちゃつくのは、家で十分できますよ」
「うん。まあ、そうなんだけどね」
「キミは、甘えん坊ですね」
「うん」
キミの前でだけ。
いつだって傍にいたいんだ。
触れ合っていたいんだ。
「もっと時間ができたら、海とか、山とかにも行こうね。色んな景色、見ようよ」
「そうですね」
「世界中に、オレ達しかいないようなところに、行けたらいいね」
「…そうですね」
それがたとえ慰めでも同情でも、その言葉が黄瀬には嬉しかった。
抱きしめたい気持ちを必死で我慢する。
「…さてと。急ごっか。映画始まっちゃう」
「そうですね」
手をつないで。
映画を見ている時も、ずっと。
いっそ溶け合ってしまうぐらい。
それでいい。
それがいい。
何よりも大切なキミと。
傍にいるだけで生きられたらいい。
それだけが必要で。
最低限あればいい。
どうかこの幸せが永遠に続きますように。
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