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ので、拍手とキリ番機能は停止させてもらいました。今までコメントありがとうございました!嬉しかったです!
更新は予約してますので、これまで通りにちゃんといくと思います。
暫く連絡は取れなくなりますが、これからも、よろしくしてくれたらうれしいです。
高く伸ばした手が、宙を泳ぐ。
本屋の一角。
本棚が壁のように立ち並び、踏み台も近くには見当たらない。
目的の本が通常あるべき場所にはなく、ストック棚として使われている遥か上方に位置していた。
指先は届く。
だが、ぴったりと詰まった本棚の中から本を抜き出すには、それでは足りない。
バスケをするために短く切りそろえられた爪が、歯が立たないとでも言いたげに、本の表面を滑る。
後ろから大きな手が伸びた。
やすやすと本の縁に手をかけ、引き出すと、手の中に収めてしまう。
「何やってんだよ」
「…火神君」
何となく面白くなさそうな顔をした黒子に、火神は、ほらよ、と本をよこしてやる。
黒子は、しかし素直に本を受け取って、そして、ふっと頬を緩めた。
大事そうに、両手で持つ。
「…好きな本なのか」
「はい。…昔、図書館で借りた本なんですけど、また、読みたくなったので」
「ふーん…」
火神は生返事を返して、眼を逸らした。
本を殆ど読まない彼には、その気持ちはわからない。
「火神君は、何か本とか読まないんですか」
「あー?別に、必要ねぇしな…」
新聞なんて読まなくたって、TVで十分に情報は入ってくる。
一日だって、家事をしてバスケして、それですぐに過ぎていく。
物語はそもそも腹にたまらない。
日常が充実していれば、必要ないのだ。
それでもバスケ雑誌ぐらいは見たりするようだが、それでも、細かく読み込むわけではない。
漢字の読み書きがおぼつかないのは、そこにも原因がありそうだった。
「…火神君は、少し本を読んだ方がいいと思います」
「いや、いいって」
「火神君が読むなら、ライトノベルがいいですかね。ミステリーかファンタジーか…」
「オマエ人の話聞けよ!!」
「日本にいるのなら、もうちょっと語彙は要りますよ」
「…ゴイ?」
黒子は、これ見よがしにため息をつく。
「使える単語の量のことです。敬語だってちゃんと使えるようにならなくちゃだめですよ」
「だってなぁ…」
火神は嫌そうに顔を歪めている。
黒子は、そんな火神をしばらく見つめてから、すっと視線を落とす。
「アメリカに帰るんでしたら、話は別でしょうけど」
呟かれた言葉に、火神は黒子を見た。
表情を見せない角度で、黒子は歩き出す。
その態度がどういうことかわかって、火神は黒子の肩を掴んで引き寄せた。
どん、と、火神の胸に倒れこむ形で黒子は引き留められる。
いきなり引っ張られて、何をするのかと文句を言いたげにあげられた視線に、火神は真っ直ぐに応えた。
「帰んねーよ。オレだって、オマエとバスケするって決めたんだよ」
「…そう、ですか…」
黒子は、視線をそらしながら、ポツリと漏らす。
一見納得しているようで、していない証拠。
それでも誤魔化して、言及しようとするのを避ける、彼の習性。
それを火神は本能で理解していたから、がしがしと、乱暴に黒子の頭を撫でた。
「それにアメリカと日本なんて近ーもんだって!その気になれば、いつでも行ったり来たりできるし」
「…やめてくれませんか」
「しかし、アメリカじゃオマエもっと目立たねーだろうなあ…」
火神は黒子の抗議にも構わずに、息をつく。
あっちじゃ皆自己主張激しいし、と付け加えて。
「じゃあ、キミの傍を離れないようにしないといけませんね」
黒子はそっと、付け加える。
「それでもオマエ勝手にいなくなるだろ…」
「不可抗力です」
「あのな…」
「すぐに逸れちゃうかもしれませんね」
黒子は、火神を見ずに言う。
淡々と、冷静に。
何でもないことのように、唇を笑みの形にすら歪めて。
「見つけられなくなって、それっきりかもしれませんね」
火神は驚いた顔で、黒子を見た。
黒子は少し黙って、それから本買ってきますと歩き出す。
それをまた肩を掴んで引きとめた。
黒子は今度は踏ん張って足を止めるに留まる。
振り返ることを、しない。
「またですか」
「見つかるさ」
「……」
「っつーか、見つける。ってかオマエ、オレのいるとこに勝手に来るじゃねーか。会おうとしなくたって会っちまうだろ」
黒子は、火神を見上げた。
彼はあくまで大真面目で、その純粋さが、黒子には、とても眩しかった。
本気で言っているとわかるからこそ。
「…来てるのは、火神君じゃないですか」
「何だと?別に、行きたくて行ってねえんだよ」
「……本当に、見つけられると思います?」
別にミスディレクションに自信があるとか、そういうことではなくて。
「ああ。だから、言ってんだろ」
言い切った火神に、黒子は、少し泣きそうな顔をして、笑った。
しかしそれも、ほんの一瞬で。
次の一瞬には、レジに向けて、歩き出していた。
「じゃあ、その時はよろしくお願いします」
背中越しに、そう言った。
「ああ。よろしくされてやるよ」
そんな間違った日本語の、根拠もなく理不尽な理屈で放たれた言葉が、酷く優しく響いて。
夢など見ないほうが幸せとわかっているのに、その言葉は。
見ないでいることもできないほどに、黒子を幸せにするのだった。